AIの進歩は、囲碁将棋プロ棋士による対局のテレビ放映にも、大きな影響を与えている。AIを用いた勝率や最善手の画面表示によって、テレビ対局の観戦がさらに面白くなった。
我々はスポーツ観戦が大好きだ。プロ・スポーツでは、本当の勝敗の分かれ目は、極めて高度なプロ同士のやりとりと駆け引きの中にあるはずで、我々一般人には窺い知れないところもあると思われるが、その瞬間その時点での優劣は、誰もが理解できる。野球では現在の得点がスコアボードに掲示されており、塁上のランナー、アウトカウント、ボールカウントで、その局面の優劣が分かる。野球観戦の大きな魅力である。サッカーやラグビーも、その時点での得点差や、ボールの所在や所持の状況で、優劣が知れる。勝負時間が極めて短い相撲の場合、差し手などの体勢によって瞬間的に優劣が分かる。
しかるに、囲碁将棋の場合、プロ同士の対局では、その時点でどちらが優位にあるか、一般人には分からないことが多い。対局者は、それぞれ、その局面のどちらが優勢か知っている筈だが、全ては彼等の頭の中にあって、外部からは分からない。そんな状況において、囲碁将棋の対局放映におけるAIによる勝率表示は、その局面の優劣を一般の視聴者に対してスポーツ観戦並みに分かりやすく伝える手段としてとても有用である。解説者や聞き手は、勝率を見てカメラの前に立っていることが多いと思うが、見ないで解説する場合もあるようだ。
第72期将棋王座戦で藤井王座に永瀬九段が挑戦した挑戦手合い第3局は、永瀬九段圧倒的優勢の裡に指された藤井王座の9六香の王手に対して、永瀬九段が9七歩と打ったのだが、これが勝負を一瞬に逆転してしまった一手で、ここは9七桂跳ねと指せば、永瀬九段の勝利が確実だったとされる。我々は画面を見ている者は、勝率を示す白黒バーがその一手の瞬間に大反転したので、局面に大変化が生じたことだけは分かったのだが、この場面を解説されていた深浦九段は、数手先まで逆転には触れられず、藤井王座逆転の可能性があるかを考えつつ指し手を論じておられたから、九段は、勝率表示を見ておられなかったようだ。聞き手の脇田女流初段の方が、早く勝率バーの逆転に気付かれた様子であったが、私には、勝率バーの表示をよそに、懸命にその場の状況を分析して視聴者に伝えようとされた深浦九段の姿がとても印象的だった。九段の解説は感動的ですらあったが、これとは別に、勝率を前提としてそれを踏まえた解説を行うのもまた良いと思う。ただ、解説者を務められるトップ棋士といえども、その局面で表示されている勝率の意味するところを瞬時に理解して解説しえない場合があろう。
現在の勝率計算の仕組みを、私はよく知らないが、その局面から双方が考えられる最善手を着手し続けた時の勝率のことと理解している。しかし、それは、その局面から展開する極めて多数の対局結果の集積としての勝率であり、囲碁将棋のゲームツリーの全構造を解明し尽くしたことに基づく勝率ではないはずだ。もし、囲碁将棋が昨年の11月に書いたような二人零和有限確定完全情報ゲームであり、その全構造が完全に解明されているならば、着手前から、先手の勝利か、後手の勝利か、引き分けかは決まっていることになる。予め設定された勝負条件によって先手勝ちの場合は、先手の第一着手が正着ならば、そののち、後手はいかなる手を尽くしても勝てないので、全てを完璧に読み尽くして、そこで投了となってしまう。あるいは先手の第一着手が正着でない場合、そこで後手が正着を着手すれば、その時に先手が投了ということになる。実際の対局では、正着と不正着が何度も出るだろうから、勝率を示す白黒のバーは、0%と100%のどちらかとなって、一手着手するごとに、それが反転するか、そのままかということになる。もちろん、囲碁には三コウや長生、将棋には千日手か持将棋があって、囲碁将棋が二人零和有限確定完全情報ゲームといいきれるかどうかは微妙なところがあるので、上述の議論は理屈上だけの形式論ではある。なお、引き分け関しては、相手の王将を先に捕獲するのが目的の将棋に対して、領地の大小を争い引き分けの可能性が結構ある囲碁が、半目に刻んだコミという仮想的な先手後手のハンデ調整策によって、それを回避しているのが面白い。
いずれにせよ、未だ、囲碁将棋で起こりうる全局面が完全に解明され尽くされておらず、また近い将来そんなことが起こらないとすれば、過去の局面の集積としての勝敗への繋がりから得られる勝率だけではなくて、その局面における最善手の着手のしやすさ、しにくさを計算に入れた、あるいは、両対局者の棋力や傾向を計算に入れた勝率を示すことができるかどうか、興味が湧く。極めて優勢であっても勝利に繋がる最善手が分りにくい場合と、優勢の度合いがそれほど高くなくても、最善手が分かりやすく、ゴールに至る道が平坦で、勝利に着地しやすい場合があって、現在の形勢のみでは、最終判定を下しにくいことも多い。ただ、このあたりに、解説者の大切な出番があって、勝率は高くとも、人間としては最善手を着手しにくい局面は存在する。ただ、超巨大な帰納法的手法による現在の勝率表示も結果的にそのようなことを勘定に入れたものになっているとも考えられる。
ところで、今年のABEMAトーナメントでのチーム藤井とチーム永瀬の対戦において、藤井竜王名人と佐々木勇気八段が対局し、佐々木八段に99-1の表示が出て竜王名人の玉にツミがありながら、名手佐々木八段がそれ逃し、竜王名人の大逆転勝ちとなったが、これは、フィッシャールールによる超早指戦でだったためでもあろう。これによって、将棋の面白さと奥深さと緊迫感を、対局者のお二人から教えて頂いたように思えてきて、両棋士に深く感謝したのであった。(2025年9月30日)
0コメント