「王将」は、言うまでもなく将棋で最重要な駒である。将棋は、相手より早く王将を捕獲することを争うゲームだから、盤上では王将が命である。三段リーグで1位か2位になって四段に昇進し晴れてプロ棋士になった若手の方々が、「王将」と書かれた大きな駒を持って写真に写っている姿を見ると、激励の気持ちとともに、格別の感慨を覚える。
「王将」という言葉に関しては、子供の頃、近所の先輩武田剛さんから、映画「王将」の話を聞いたことが忘れられない。先輩は、映画のストーリーを説明してくれたのではなく、坂田三吉が関根名人との対局前に、深々と一礼して頭を上げると、まだ関根名人は頭を上げていなかったので、急いで頭を下げ直したというシーンがあったと言ったのである。今にして思えば、その映画は、阪東妻三郎が坂田三吉を、滝沢修が関根名人を演じたもののはずで、その場面が映画でどのようなものであったか、よく分からないが、この先輩の言葉が「王将」の2文字を私の脳内に染みつかせたのであった。
「王将」は、その後も、三國連太郎の坂田三吉、平幹二朗の関根名人の配役でも映画化され、村田英雄が歌う「王将」は一世を風靡して、「吹けば飛ぶような将棋の駒に、掛けた命を笑わば笑え」はよく知られ唄われた唄の文句となった。
王将という名前は、将棋の世界だけではなく、店舗の名前などにも使われている。有名なのは餃子店である。「王将」と言えば、餃子を思い出す人も結構いるのではないだろうか。手焼き煎餅の店にも「王将」の名前は使われている。加賀市出身の私の知人も、かつて東中野で「王将せんべい」を製造販売していて、手焼き煎餅を大きなガンガンにひと缶頂いたことがあったが、ともかく、「王将」と言う言葉は将棋以外でも、我々の心にしみこんでいる。
八つあるタイトル戦のひとつ「王将戦」は、「名人戦」と並ぶ歴史の長い棋戦であり、エピソードも数多く、毎日新聞社が主催を降りたものの、重要タイトルとして位置づけられている。
そこで、この「王将」と言う言葉は、考えてみれば、とても面白い表現だと私は思っている。それは「王」と「将」の関係についてである。
「王」は、ある国のトップ、最高の地位にある人間、君臨者、統治者を意味する。これに対して、「将」は、もともと「率いること」あるいは「軍を率いること」さらには「その任にある人」を指していて、軍事統括の責任者のことである。「王」は、「将」に軍事統括を委任し、「将」は、それに応えて、軍事に責任を有するのである。「王」と「将」は機能が違い、本来別の人物のはずである。それが一体化しているのが「王将」である。文字の国中国の象棋では、我が国の「王将」にあたる駒は、敵味方別の字が使われており、それは、「将」と「帥」である。「帥」も「将」と同じく、「率いること」「軍を率いること」あるいは「軍を率いる人」などを意味する。象棋には「王」は登場せず、戦場たる盤の上で戦いの責任者「将」と「帥」が勝ちを求めて争うかたちである。
なお、チェスの駒は、英語ではking, queen, bishop, knight, rook, pawnの名称となっており、「将」または「帥」のような機能を意味する表現の駒は見当たらない。実際は強力な働きがあるqueenがそれとも思えるが、queenは我が国の飛車角に相当する別格の働きの駒と考えられよう。
そんなことで、我が国の王将は、「王」と「将」を一体化した表現の駒であることが面白い。将棋のようなボードゲームは、取られれば負けになる駒と、それを囲んで防御し、相手を攻撃する機能を併せ持った複数の種類の駒から成立っており、後者は、縦横一直線に進む駒、斜めに進む駒、あるいはケイマ跳びに動く駒などがあって、それを僧や馬や車などと表現される。我が国の将棋の場合、これらの駒に、香、桂、銀、金、玉と、良き物、宝物を意味する言葉を冠しており、それが香車、桂馬、銀将、金将、玉将となっている。
奈良の興福寺境内から出土した将棋駒には、「玉將」あったが「王将」はなかったとされる。敵味方とも「玉将」を用いていたのだろう。それを、豊臣秀吉が、「玉」ではなくて「王」 にすべきである、しかも「王」は二人いないはずだから、一方を「王」、他方を「玉」とすべしとして、そのようになったと伝えられる。香・桂・銀・金・玉と並べると、我が国では大切な宝とされている玉ではあるが、金、銀等の延長線上にあるような感じがして、絶対的な駒である「玉将」の名称は、それを護るために犠牲にもなり、攻撃にも参加する「金将」や「銀将」に比べて、本質的な相違が十分に表わされていないように思われる。もし秀吉がそのようにしたという説が正しいのなら、「玉」ではなくて「王」として、金銀などの財宝とは質的に違うことを明確にし、しかもそれを両方ではなく、片方だけにしたとその感覚は、さすがに鋭いと私は思っている。
以上考えても、「王将」は「王の将」なのか、「数ある将の中の王」なのか、「王と将」が一体となった存在なのか、よくわからないが、将棋を楽しむ人にとっては、どちらでもいいことだろう。またまたつまらないことを述べてしまったが、いずれにせよ「王将」は、とても面白い名前の駒と思うのである。(2025年12月27日記)
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