(5)『左から』か『右から』か

 新聞紙上に並ぶ囲碁欄と将棋欄を見ると気になることがある。それは囲碁も将棋も、先手から見た形で盤が表示されているのは同じであるが、数字による地点表示の仕方が違うことである。縦横19路の囲碁では、縦は[上から下]、横は[左から右]の順に数字が並ぶのに対して、9マス×9マスの将棋では、縦の[上から下]は囲碁と同じながら、横は[右から左]と囲碁と逆になっているのである。これはいかなる理由なのだろうか。

 そもそも、一局の記録をつけるという点で、囲碁と将棋はかなり違う。将棋は、駒が動くゲームだから、その記録のためには、「地点Aから地点Bへ」などと、出発点と到達点の明示が不可欠である。それに対して囲碁は、何も置いてない盤の上に順次石を置いていくから、石の置かれた場所に相当する囲碁罫紙の上に着手の順番を書き込めばよい。もちろん囲碁では、一度置かれた石を取り上げて、その跡にまた石を置くこともある。そんな時は、例えば103番の石は68番の地点に置かれたと罫紙外に注記すれば済む。そんなことで、囲碁は将棋より手早く記録できる。ただし、NHKの放送では、「先手4の十五」などと横と縦の座標番号を読み上げる。ただ、碁盤は広いので、「コスミ」とか「ハネ」とか「ナラビ」とか、既存の石との関係性を示して、分かりやすくする工夫もされる。

 将棋の場合も、放送では「先手2八飛」などと着手が読み上げられ記録される。将棋では、現在ある駒の配置からの一手を表現するのだから、駒を特定してその行き先だけ示せばことは足りる。しかし駒の種類と行き先の表示だけでは、着手が特定できない場合がある。例えば、5八と7八に金将があり、そのいずれかが6八に動いた場合、「6八金」と表現しても、動いたのは右の金将か左の金将か分からない。そんな時は「6六金右」あるいは「6六金左」と区別して表示するが、ここで「6六金右」とは指し手から見て右の金が動いたことを意味している。この他「スグ」とか「ヒク」とかの用語も用いられ、また駒台の駒を打った場合と盤上の駒を動かした場合を区別するため「ウツ」という表現もある。また、駒が敵陣に入って、成る場合と成らない場合も、当然区別される。

 そこで、元に戻って、なぜ将棋盤の列は右から左へ、碁盤の列は左から右へ数えられる慣行が確立したのだろうか。「動き」を表示するため、各マスの明示が強く意識されて、

すでに江戸時代に、各マスを一字で表わした「いろは譜」が行われていた。家治将軍も愛好したこの譜は、一般の文章で右縦書きが行われたように、将棋盤の各マスを、右の上から縦に「いろは」順の平仮名と漢数字と漢字を動員して住所に番地を振るように名前を振っている。「1一」は「い」、「6二」は「三」である。ただ、「お」や「二」、「四」、「九」など使用されない平仮名や漢数字があり、漢字は意味を繋げつつ任意に並べているので、この仕組みを記憶するのは大変で、棋譜から実際の着手を脳内で再現するのは容易でない。現在の将棋の列が右から左へと進むのは、この棋譜の伝統を受け継いているように思われる。

 これに対して、地点の表示が一義的に重要ではない囲碁では、地点を音声などで表現したい場合は、分りやすく数字を左から右、上から下へと順に並べて、行と列を示したと思われる。つまり、将棋における各マスの表示は必要不可欠であるのに対して、囲碁での各地点の表示は補助的であると言えよう。なお、詰将棋の出題は番号の若い右上を使い、詰碁の問題は、同じく番号の若い左上の場合が多い。ただ、記録に関係ない大道詰将棋は、主に左側を使う出題が一般的だが、最近は祭りでもすっかり見なくなってしまった。これも時の流れであろうか。(2022年7月30日記)

石川県人 心の旅 バンガイ編 by 石田寛人

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