王将戦:誰もが感動した歴史的対局
1月28日29日の両日、タイトル戦番勝負無敵の藤井聡太王将(五冠)にレジェンド羽生善治九段が挑戦する王将戦挑戦手合七番勝負の第三局が金沢東急ホテルで行われた。この夢の対局が金沢で行われる日が待ち遠しく、27日の前夜祭には急いで会場に駆け付けた。静岡県掛川の第1局では藤井王将、大阪府高槻の第2局では羽生九段がそれぞれ勝利して、一勝一敗で金沢での対局を迎えたので、この一局の帰趨がおおいに注目された。
金沢文化ホールでの前夜祭は、金沢の芸妓さんたちによる金沢素囃子で幕を開けた。両対局者以下、多くの将棋高段棋士の前での演奏で、金沢素囃子保存会「杵望会」のみなさんは、歴史的対局の前夜という緊張の中にあって、見事な「連獅子」を披露された。鳴り物のほか、唄も三味線も入った演奏であった。実はこの曲は、前に何度か書いたように、金沢に縁が深く、加賀で広く行われる能の宝生流で極めて重い演目「石橋(しゃっきょう)」からつくられた歌舞伎舞踊曲である。
演奏後、この対局に先駆けて、カルチャースクール「石心」主宰の佃優子さんのお世話で昨年末に行われたアマチュアの将棋対局の表彰式があり、藤井王将、羽生九段から上位入賞者に賞状が授与された。次いで、村山卓金沢市長の歓迎の挨拶、日本将棋連盟を代表されて森下卓九段が挨拶されたのち、両対局者は力強く対局に臨む決意を表明された。花束を贈呈された二人が退席されたところで、立会の島朗九段、副立会の高見泰地七段そして記録係の福田晴記三段がこの対局の見所を解説された。
この前夜祭で、たまたま私は、長く北陸のアマ囲碁界を牽引してこられた神野正昭さんの隣席に座らせていただき、前夜祭開幕までの長い時間、北陸全体の囲碁と将棋についてお話を伺うことができたのは、望外の幸せであった。神野さんは、アマチュア囲碁界の強豪として全国に名が轟いているが、将棋に対する愛情も極めて深く、囲碁界と将棋界は手を携えて進むべきことを示唆されていたことが印象深かった。
そして、翌28日の午前9時。世紀の金沢対局は無事始まり、私は小松の自宅で囲碁将棋チャンネルテレビの中継を見つめ続けた。両対局者の一手一手は、もちろん私の理解を遥かに超えていたが、対局場の緊張感は、十分我が家の茶の間にも伝わった。手に汗を握って画面を見つめるうちに、指し掛けの時刻が来て、羽生九段が着手を封じ、両対局者のサインのある封筒2通を島立会人に渡して、第一日目は終了した。
明けて29日。テレビで様子を見つつ、11時頃に自宅を出て金沢に向かい、タクシーで金沢駅から東急ホテルに向かうように告げたら、将棋の関係ですか、と運転手に問い返され、金沢に王将戦歓迎熱が高まっていることを実感した。
この対局で、金沢香林坊ロータリークラブが公募した両対局者の昼食の勝負飯予想が関心を集めた。これには12590通の応募があったが、藤井王将は、一日目に人気第一であった「ずわい蟹と香箱蟹丼」を食べられた。王将の二日目は、「治部煮うどん」、羽生九段の一日目は「能登豚カツカレー」、二日目は「治部煮材料をアレンジした元祖金沢焼きそば」であった。また、二日間の午前と午後のおやつには、「豆腐スイーツ『和音』」「百万石ロール」「塩どら焼き」「チーズケーキ加賀友禅」「五郎島金時のおいもプレート」「金沢産はちみつ・レモンのミックス、はちれも」と金沢らしい甘味が選ばれた。
さて、大盤解説は東急ホテル5階の広い一室。かつて金沢学院大学時代に謝恩会で呼ばれたこともある部屋で、私は公立小松大学の将棋サークル部長中桐茉奈さんと並んで座った。参加者は約200名で、一同は高見七段の解説を満喫した。午後2時開始の大盤解説の途中で、局勢が傾いたようだ。二度目の次の一手を当てる投票のため、モニターのスクリーンが消えていた休憩時に、羽生九段が投了されたのか、モニターにスイッチが入った時、記者さんたちが両対局者を囲んでいる映像が写った。解説は、なおも続いて、最後は副立会の仕事で忙しい高見七段に代わって森下九段が壇上に立たれ、金沢対局の大盤解説を楽しく締めくくられた。
藤井、羽生両対局者は、終局後の記者質問に答えた後、大盤解説場に現われて壇上に立たれ、それぞれ挨拶されて、所感を述べられた。私には、羽生九段は、トップ棋士のあり方を藤井王将に伝えようとしておられるかのごとくに感じられ、また、藤井王将は、羽生九段からできるだけ多くのことを吸収しようとしておられるように思われた。81歳の私からすれば、羽生九段と藤井王将の対局は、子供世代と孫世代の人達の一戦である。しかも、後者の王将が勝利されて、番勝負をリードされ、主導権は次第に孫世代に移りつつあるように見える。将棋の勝負事としての厳しさと、そこにある「芸」の奥深さ、そして今やAIによって、局面局面の勝率が明示されながら、人間たる棋士が最善手を求めて、その限界に挑んで、伝統と最先端技術が交わる名場面が金沢で展開され、私は自分が再び経験できないであろう3日間を堪能したのだった。
棋王戦:手に汗とスマホを握って楽しんだ名局
金沢では、2月にも藤井聡太五冠の対局するタイトル戦番勝負が展開された。2月18日、渡辺明棋王(名人)対藤井聡太挑戦者(竜王・王位・叡王・王将・棋聖)の挑戦手合い五番勝負の第二局が行われたのである。1月の藤井五冠は、王将位を防衛する対局であったが、2月の対戦は、棋王に挑戦する立場である。北國新聞社の主催で、対局場は北國新聞会館。立会人は田中寅彦九段、大盤解説は稲葉陽八段、そして森下卓九段が日本将棋連盟を代表してまたの来沢で、私も懐かしい赤羽ホールで開催される大盤解説に応募したかったが、東京での用務と重なって帰県を断念し、スマホで対局を注視した。
朝から、用務の合間に息を吞んで見つめたスマホは、結局、藤井挑戦者の勝利を告げた。挑戦者の2連勝で、棋王位奪取と六冠達成に王手をかける結果となった。ABEMAチャンネルでの深浦康市九段と木村一基九段の解説は、さすが円熟味あふれる軽妙洒脱なやりとりで、将棋界の懐の深さを実感した。
この対局では、両対局者は、昼食には、日本海の幸がふんだんに盛り込まれたと思われる「加賀懐石弁当」を頼まれ、おやつには「イチゴショートケーキ」や「生チョコロールケーキ」「ガトーショコラ」「アップルジュース」と金沢の甘味を楽しまれたと報じられており、これまた何よりと思っている。
今後も盤上の芸術を
かくして、ジャーナリスティックには、「藤井・羽生夢の将棋」「渡辺・藤井白熱の一戦」「藤井聡太二度の金沢対局」と纏められるであろうイベントは終わった。これからのタイトル戦は藤井五冠を中心に展開されるが、各棋士のみなさんには、健康に十分留意され、すばらしい盤上のやりとりで、私どもを大いに楽しませて頂きたいと念願している。
上記二対局について、将棋の中身に全く触れえていないのには、忸怩たるものを覚えている。しかし、それが、バンガイ編と銘打って拙文を綴っている私の限界とご理解の上、どうか、ご寛恕頂きたいと願っている。(2023年2月25日記)
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