前回、囲碁将棋の時間に関して述べたが、そこでフィッシャー・ルールについて触れたので、このルールについて思うところを話したい。まず、フィッシャールールとは、考慮時間としての持ち時間に加えて、一手着手する毎に一定時間が加わるルールである。考慮を続けて着手に時間がかかれば、持ち時間はどんどん減っていくが、着手によって、その時間が一定の長さだけ回復する仕組みになっている。
AbemaテレビのAbema将棋トーナメントは、このルールで行われている。ここでは、持ち時間は5分。一手指す毎に5秒が追加される。この設定では、トップ棋士同士の対局が、我々素人の将棋と同等か、それ以上の速さで進む。現在のAbema将棋トーナメントは、団体戦であることの面白さはさておくとして、ここでは、すぐ時間が減ってきて、時間切れカツカツの状態で瞬発的に指される手も多いから、見る者はドキドキして緊張が高まる。ネット観戦者は一局の観戦を短時間で楽しめる。公立小松大学の将棋サークル部長中桐茉奈さんも、面白くてよく見ていると言っていた。
もちろんフィッシャールールでは、Abema以外の時間設定も可能で、囲碁将棋チャンネルの新竜星戦、新銀河戦は、持ち時間1分で一手毎に5秒(新竜星戦)または10秒(新銀河戦)追加というルールだ。これは、Abemaトーナメントよりもっと忙しく、どんどん着手を続けなければならない。新竜星戦では、時間切れで勝負がついた場面もネットで見た。かくまでに短時間勝負になると、囲碁や将棋で、一手着手するのにどのくらいの時間がかかるのかとても気になる。
囲碁では碁笥に手を入れて碁石をつまみ、それを盤上に運んで石を置き、その手で時計を押すから考慮時間なしで着手しても2秒ほどかかるだろう。ただ、時計を押す前にアゲ石を盤上から除去しなければならない場合があるから、時計を押す前に、そのための時間もかかる。普通の手合時計を使ったアマチュア対局で、自分は劣勢なれど優勢な相手の時間がなくなりつつある場合、わざと相手に大きな石を捕獲させ、大石除去に時間をかけさせて、相手の時間切れを狙うというひどい作戦があると聞いたことがある。
これに対して将棋では、歩などを前にひとマスだけ突き出してすぐ時計を押すと1秒強で着手できるかもしれない。相手の駒を捕獲すると、その駒を自分の駒台に置いてから時計を押さなければならないからやはり2秒はかかるかもしれない。
そこで自分の碁盤と将棋盤で、着手してから時計を押す計測実験してみた。将棋の場合、歩などの駒をひとマス突き出すのは1.2秒から1.3秒、やや遠くの相手の駒をとって駒台に置く場合には3.5秒ほどかかった。囲碁では、碁笥から石を取り出して打つのみならば2秒、3目揚げ石をとって碁笥の蓋に置く場合は5秒強、5目揚げ石をとる場合は7秒弱とかなり時間がかかる。プロ棋士は、駒や石の扱い方、時計の押し方には十分慣れておられるから、私より速いとは思うが、フィッシャールール適用による時間の短い対局は何とも大変であることを思い知った。
現在の我が国のフィッシャールールは短時間対局に使われているが、韓国の新竜星戦では、持ち時間30分で、一手打つごとに20秒追加というルールで行われており、これなら、それほど慌ただしくなく、重要局面で時間を集中的に投じても、後にまた時間を回復できるから、やや余裕をもって考慮時間を使うことができそうだ。
このルールを案出したのは、チェスの名手ボビー・フィッシャーである。私が米国に留学していた1968年頃、彼は米国でチェスの第一人者だったので、その名前を知ったが、当時一時引退していたようだ。ところが、そのころ旧ソ連のプレーヤーが世界チャンピオンを占め続けてきたので、それを打破する人物として期待が寄せられ、私が帰国した1970年に現役復帰して、ソ連のスパスキーを破ってチャンピオンシップを米国にもたらした人物として人気を博した。このフィッシャーが考案したルールは、チェスの世界では、今や一般的に用いられているようだ。フィッシャーは我が国将棋界レジェンド羽生善治九段と懇意だったとのことである。
ちなみに、チェスの持ち時間にも長短いろいろあり、「スタンダード」といわれる方式でフィッシャールールが適用される場合は持ち時間100分前後で、途中で追加時間があり、一手指す毎に30秒加わるということのようだ。ほかにも、「ラビット(クイック)」や「ブリッツ」などという時間の短い勝負もあり、特に後者はAbema方式に近いようだ。
Abema将棋のような短時間のフィッシャールールでは、記録係は大変だ。しかし、フィッシャールール用に作られた時計があり、それを用いれば、両対局者が自分で時計を押すから、記録係を煩わせない。Abemaでもそのような時計が用いられている。
ともかく、古くは「爛柯」と称されて、携えていた斧の柄がボロボロになるほど時の経つのを忘れさせる囲碁、そしてそれは将棋も同様だろうが、そんなボードゲームの対局が、秒単位の時間にせきたてられて着手する対局が存在することに、しみじみと歴史を感じている。(2023年9月11日記)
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