(31) 勝率

AIの進歩により、囲碁将棋のテレビ対局では、終始、両対局者のその時点での優劣の度合いが明らかにされている。白黒のバーが、先手後手の勝つ可能性をパーセンテージで示してくれるので、複雑な内容を全く理解できない我々も、興味を持って画面を見続けることができる。囲碁将棋のルールを知らない私の妻も、優劣の度合いと対局者の仕草や表情の関係が面白いと言う。白黒バーを見ることができない対局者も、絶えず客観的な形勢判断をしているのは当然で、それを態度に顕す棋士も、そうでない棋士もあって、私もその仕草に興味を惹かれる。

 昨年12月17日のNHK杯トーナメント、斎藤慎太郎八段対増田康宏七段の対局放送のテレビを、白黒バーの変動と対局者の動きに注目して見つめた。11時20分ころは大体四分六で斎藤八段有利に振れていたが、11時33分に電話に出て、テレビに戻ると72-28と増田七段優勢に代わっていて、程なくそれが90%台に上がり、その後若干下がることもあったが、11時56分頃斎藤八段が投了された。その間、両対局者はあまり表情を変えずに盤に向かっておられたが、素人目には、なんとなく優劣が表情に表れているようにも感じられた。一般的に、優勢の方の棋士はやや恐い顔になることが多いようで、決して表情が緩むことはない。他方形勢のよくない方の棋士は、さっぱりした顔つきになる傾向が見られる。

 アマチュアの場合は、かつて本欄で書いたように、優劣をすぐ声に出す人が多い。特に拙い着手をして劣勢に陥ったと自覚した瞬間に大声が出ることが多い。ただ、この大声は、ホンネのこともあるし、時にいわゆる「三味線」のこともある。「三味線」の意味を確認するために、小学館のデジタル大辞典にあたると、本物の三味線の説明の後に「勝負事などで、相手の裏をかくために見せかけの言動をとること」とある。まさにそれである。ただ、実力者同士の対局なら、いかに三味線を弾いても、相手に見破られるだろうから、本当に勝負に徹するには、表情を変えずに淡々と着手を進めるのがよいに決まっている。しかし、アマチュアには、喋りながら着手するのが囲碁将棋の楽しみのひとつである人も多い。

 そこで、「白黒バー」によって、我々の囲碁将棋テレビ対局を楽しくしてくれる「勝率」であるが、この言葉は、一般的には、過去の全試合数に対する勝利試合数の割合を示す数字の意味で使われる。現に、将棋の世界でも、藤井八冠の年間勝率(年度勝率)が、かつての中原名人が1967年度に達成した歴史上の勝率最高記録0.8545を超えるかどうか話題になっている通り、上述の意味に使われている。プロ野球でも、成績表の右端に「勝率」欄があり、最終的に「勝率」によって順位が決まる。

 しかるに囲碁将棋におけるテレビ等で表現される「勝率」は、現在進行中の対局が勝利につながる可能性の大きさを表わしている。ということは、本来、「勝率」よりも、「優勢の度合い」「優勢度」あるいは「優劣度」「優劣評価」などの言葉がふさわしいようにも思える。しかし、「勝率」は、囲碁将棋放送の世界では、この意味でも広く使われているので、このような場面での言葉としても定着していくように思われる。

 なお、「勝率」に似たことを意味する言葉に「評価値」がある。これは、やはりAIの計算によって、プラス何点、マイナス何点と表示される。ある将棋ブログでは、評価値との組み合わせで優劣の度合いを示す表現が決まっており、次のような対応になっている。プラス表示で「0から150」は「互角」、「151から300」は「指しやすい」、「301から500」は「有利」、「501から1500」は「優勢」、「1501から3000」は「勝勢」、「3001以上」は「必勝」。マイナスの場合は、同じ数値で、「互角」「指しにくい」「不利」「劣勢」「敗勢」「必敗」ということになるが、一般的には優勢な方で表示される。

 「評価値」における表示尺度の絶対値は、さまざまであってもよいはずだが、将棋ユーチューバーのアユムさんのものは、「評価値」と「勝率」の対応関係として、400点で60%、800点で70%、1000点で80%、2000点で90%超えと示されている。

 上記二つの評価値が同じ尺度のものかどうかは、私には分からないが、いずれにしても、対局中のライブ映像を多くのファンが見る機会が増え、さらにその局面の優劣をはっきり認識できるようになったことは素人にとってとても嬉しいことである。

 一般的に、我々がプロの対局を見ると、着手した方が優勢に見えることが多いので、着手者が早く好い手を着手してほしいとワクワクするのに対して、「勝率」を示す「白黒バー」付きで映像を見ると、着手者が最善手を選ばないと、勝率が下がってしまうので、そんなことにならないかドキドキするようになる。かくして、我々の心を揺さぶりながら、「勝率」の白黒バーや「評価値」グラフは、囲碁将棋の映像鑑賞を楽しくしてくれるのである。(2024年2月18日)

石川県人 心の旅 バンガイ編 by 石田寛人

大好きな囲碁将棋にまつわる出来事や思いの丈を綴っていくサイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000