前々回のバンガイ編で強く希望した今年度の棋王戦挑戦手合いの富山県魚津市の第1局、金沢市の第2局、そして新潟市の第3局が、予定通りに実現した。対局者である藤井聡太棋王(八冠)と伊藤匠挑戦者(七段)両対局者をはじめ関係者には、能登半島地震とそれからの復興に関して、十二分に心に掛けて頂き、被災者の大きな励みになったと思われる。石川県人の一人として厚くお礼申し上げたい。
さて、この挑戦手合いは、藤井棋王先番の魚津対局が、持将棋となって、見る者を驚かせた。挑戦手合いにおける持将棋はそれほどないことと聞いており、このタイトルへの両対局者の熱意がこのような結果になったように思われる。
続いて2月24日に金沢市で行われた第二局は、事実上の第一局とも言え、持将棋の後の一局ということで、多くの人の関心を集めた。用いられた将棋盤と駒は珠洲市の増井一仁さんが、地震の被害の中で、倒壊した自宅の中から救い出されたものであり、提供者、対局者をはじめとする関係者から、能登半島地震からの再出発にかける祈りとも言える熱い思いが感じられた。
前日の23日に、金沢のニューグランドホテルで開催された「金沢対局の集い」は、一般的には前夜祭などと呼ばれるのであろうが、能登半島地震で被災された方々に思いを致してこのような名称を付したと思われる。この「集い」は、両対局者をはじめ、日本将棋連盟の羽生善治会長、立会人の久保利明九段達を囲んでとても賑わったが、ここでは、100人を超える参加者のうち、6割ほどが女性で、女性の将棋熱の高まりを実感させられた。羽生会長や北國新聞社の砂塚社長達の挨拶の後、藤井棋王は「楽しめる将棋を」、伊藤挑戦者は「まず1勝を」と、それぞれの胸の内を語られた。
明けて翌24日。午前9時から北國新聞会館で始まった対局の大盤解説を聞くべく、会館に接続する北國新聞社の赤羽ホールに駆け付けた。会場には500人ほどが集まっていたが、ここでは男6対女4くらいの男女比だった。従来将棋と言えば、もっぱら男の趣味と思われていたが、それが急速に変化しつつあることを強く認識した。また、男女とも関東圏や近畿圏など遠方から参加された方がかなりおられた。
大盤解説会の解説は、船江恒平六段と室田伊緒女流二段が担当されたが、船江六段の熱の入った解説を聞いて、会場の多くの人は、その人柄に感じ入ったようだった。室田女流二段は、藤井棋王の姉弟子で、壇上でそれらしく落ち着いて穏やかに聞き手を務められ、大番解説会参加者はとても満足したのではないかと思われた。立会人の久保九段も時に顔を見せて話をされ、さらに谷川浩司第17世永世名人が思いがけず壇上に立たれたのは、とても嬉しかった。会場には、小松出身で旧知の若杉幸平弁護士も来ておられたが、若杉弁護士は、私と違ってアマの強豪であり、休憩時間に聞く弁護士のコメントで、大盤解説をさらに深く楽しむことができた。
私には、両対局者の形勢の優劣はとても判断できなかったが、次第に藤井棋王の玉が厚くなったように感じられた。やがて、解説者から藤井優勢を示唆する言葉が出始めたが、私は翌日の予定のため、北陸新幹線の「かがやき」に乗るべく、18時5分に後ろ髪を引かれる思いで会場を後にした。金沢駅に着いて覗いたスマホによって、18時28分に伊藤挑戦者が投了され、藤井棋王が本シリーズ1勝目を挙げられたのを知った。
金沢対局の後、本挑戦手合いは、新潟の第3戦、日光鬼怒川の第4戦とも、藤井棋王の勝利となり、かくして本挑戦手合いは、藤井棋王(八冠)の防衛となった。
その後、叡王戦の挑戦者決定の一局があり、伊藤七段が永瀬九段に勝利して、またまた藤井叡王(八冠)に対する挑戦権を獲得された。竜王戦、棋王戦に続く藤井・伊藤の挑戦手合いとなるが、両者の対局は、魚津での1持将棋を挟んで、全て藤井八冠が勝っており、通算10勝となっている。しかし、伊藤七段も、藤井八冠、永瀬九段に次ぐレーティング3位の文字通りのトップ棋士で、藤井八冠以外には殆ど負けないといえるほどの大強豪なので、叡王戦では、闘志をかきたてて、見る者を惹きつけてやまない素晴らしい挑戦をされることと思っている。この挑戦手合いの第2局は。加賀市片山津温泉の佳水郷で行われるので、またまた、身近で指される名局を楽しみたい。(2024年3月21日)
0コメント