(57)タイトル棋戦と一般棋戦

 将棋には「竜王、名人、叡王、王位、王座、棋聖、棋王、王将」の八大タイトル、囲碁には「棋聖、名人、王座、天元、本因坊、碁聖、十段」の七大タイトルがあり、それぞれを争うタイトル棋戦がある。今回は、タイトル棋戦とそれ以外の棋戦の相違を論じたいのだが、議論を単純化するために、将棋棋戦のことに限りたい。

 将棋ではタイトル戦以外に、「朝日杯将棋オープン戦」「銀河戦」「NHK杯」「将棋日本シリーズ」等の大規模棋戦をはじめいくつかの棋戦があるが、いずれも一般棋戦とされている。タイトル戦が八つに限られ、それ以外のタイトル戦はないのだから、「八大タイトル戦」と言わずに「八タイトル戦」と言えば十分で、なにゆえ「八大」と「大」を付けるのか、いぶかしく思われる向きもあろうが、慣習でそう呼ばれているのだろう。

 そこで、タイトル戦で争う「タイトル」とは何か、タイトル戦で勝ちを収めたタイトル保持者と一般棋戦の優勝者はどう違うのか、プロ棋士や関係者にはともかく、我々素人には分かりにくい。特に銀河戦優勝者は「銀河」と呼ばれていて、あたかもタイトル戦のタイトル保持者のように受け止められそうだが、「銀河」はタイトルとどこが違うのだろうか。

 私なりの考え方を申し上げたい。それは、タイトル戦は、まず「竜王」や「名人」などと呼ばれる「地位」があって、その地位を争う棋戦であるのに対して、一般棋戦は、まず棋戦があって、その優勝者が、「銀河」などとタイトルとも思える称号で呼ばれる仕組みのものであるということである。つまり「地位」から「棋戦」というタイトル戦の方向か、「棋戦」から「優勝者」という一般棋戦の方向か、その方向の違いである。

 基本的に、タイトル戦に関しては、「竜王、名人、叡王、王位、王座、棋聖、棋王、王将」という「地位」がまずある。棋士の中の優れた方が就く「地位」である。よって、これらの「地位」の名称は、いずれも人間を意味するものになっている。「王位」と「王座」は直接人間を意味しないが、それぞれ「王位」に就いている人、「王座」に座する人を意味しているのはもちろんである。「王将」は最も大切な駒の名称で面白い名前だが、「王」も「将」も人間である。「名人」は言わずもがな、「聖」は「聖人」の意である。これらの位に就く人は、江戸時代の将棋を専門としたそれぞれお家の「家元」のようなものと解したい。例えば「棋聖」は、棋聖というタイトルをめざす人々のグループの家元と思えばよい。そこで、これらの棋戦では、優勝者がその「地位」に就かれるのであり、主催者から「就位式」で「推戴状」「推挙状」「贈位状」「允許状」と呼ばれる免状のような書面が贈られる。まさに棋戦に勝利して「位」に就かれるのである。

 これら「位」を争うタイトル棋戦と異なるのが一般棋戦で、棋戦がまずあって、多くの対局があり、結果その優勝者が決まる。優勝者は、「NHK杯選手権者」「銀河」などとタイトルのような名称で呼ばれるが、これらの名称は、地位そのものを意味するタイトルの名称とはむろん異なる。

 「銀河」は面白い称号である。銀河とは、我々が夜仰ぎ見る天の川である。我々の住む地球は太陽系に属しており、その太陽系は天の川銀河の中の小さい構成要素に過ぎない。しかも、宇宙に天の川銀河と同じような銀河が沢山あり、よって、かつては単に銀河と言えば天の川のことだったが、今は、他の銀河と区別するために「天の川銀河」と呼ばれるようになっている。ことほどさように「銀河」とは壮大な名称であり、我々人間もその中に含まれるが、人間よりはるかにはるかに巨大な天体の名称である。もともと、銀河戦なる一般棋戦は、「銀河」という「位」、「銀河位」をつくって、それを争う棋戦をつくるというプロセスでできた棋戦ではないと思われる。私は将棋の銀河戦は、囲碁の竜星戦とともに、夜を想起する名称なので、主に夜放映される棋戦として構想されたため、付けられた名称かと勝手に思ってきた。

 そこで、タイトル戦のタイトルは、上述のようなものとすると、タイトルの「地位」に就いている人は誰か、常にはっきりしておかなければならない。「名人」なら「名人」、「竜王」なら「竜王」は、会社の社長や芸道の家元のように、常にはっきりと存在することが望ましく、誰が竜王か、誰が名人か、はっきりしない状況にしないほうがよい。そしてその地位にある「竜王」や「名人」や「叡王」が、挑戦者に負ければ、その負けが確定した瞬間に地位を失い、挑戦者が新たにその地位に就く。これはまさに地位の継承であり、会社や団体の特定の地位の継承と同じようなバトンタッチである。

 これに対して、一般棋戦では、パラマス方式を含めてトーナメントで優勝者を決め、前回の優勝者もトーナメントのいずれの段階からか登場するから、もしその中途段階で前回優勝者が敗退すると、その人は、もう優勝者にはなれない。タイトル戦での「家元」の資格を失うのであるが、その時点では、優勝者は決まっていない。優勝者が決まるまでは、「家元」のような「タイトル保持者」が誰かはっきりしない、宙ぶらりんの状況になってしまう。前回優勝者は途中で負けても、あくまでその称号を維持するという割り切りもできるが、それは前回優勝者あるいは第何回棋戦優勝者に与えられた称号と思うべきである。タイトル棋戦における「地位」としてのタイトルは、あくまで、トーナメント戦あるいはリーグ戦を勝ち抜いた一人の挑戦者がタイトル保持者に戦いを挑み、その戦いで、保持者が勝てば、その地位を防衛し、挑戦者が勝てば、それを奪取するという仕組みによって間断なく継承されることがはっきりする。

 現在、タイトル棋戦、一般棋戦にかかわらず、全ての棋戦は一年単位で回転している。よって、一般棋戦優勝者は、毎年決まるし、タイトル保持者は、毎年交代する可能性がある。ここで、年ごとにドンドン回っていく棋戦や挑戦手合いが、何らかの都合で遅延して、予定通り進まない場合があると仮定すると、一般棋戦の場合は、優勝者が決まるのが遅れる。タイトル棋戦の場合は、タイトル保持者が挑戦手合いで挑戦者に敗れない限り、その地位は継続するはずだ。もちろん、その遅延が、タイトル保持者に原因がある場合は、タイトルを奪われることになろうが、そうでない場合、あるいは不可抗力であると認識される場合は、タイトルは移動しない。まさにタイトルは基本、間断なく継承される「位」であるからだ。

 もちろん一般棋戦でも、前回優勝者に挑戦者が挑戦する仕組みをとることはできる。その場合でも、一般棋戦である限り、優勝者がその「位」に就くということではない。

 以上が私のタイトル棋戦と一般棋戦の違いの説明だが、正しいかどうか無論分からない。関係者に伺ってみたい。

 ここで、「タイトル」という言葉はいささか曖昧で、その意味する範囲は広い。デジタル大辞典では、①表題、題名.②肩書き、称号.③選手権またその保持者の資格.④本やレコードなどの表題のある作品.⑤映画、テレビなどの字幕、特に題名、配役などの字幕.とその意味が列挙されている。

 将棋の場合、上に論じたように、タイトル棋戦は、八棋戦に限られているが、囲碁では、若干事情が異なると聞いている。囲碁では、冒頭に記述した七大タイトル戦の他にも、NHK杯や新人王戦などの棋戦もタイトル戦に含まれると一般に説明されている。上述したようにタイトルという言葉の意味が広いこともあり、このような整理もまた可能であるようにも思う。この将棋と囲碁の相違も面白いが、このあたり、さらによく勉強したい。(2026年4月25日記)

石川県人 心の旅 バンガイ編 by 石田寛人

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