(58)毒饅頭

 「毒饅頭」は剣呑な言葉である。昔は、敵と目する人を排除するのに、毒殺という手段を用いることがあった。実際、どのくらい、毒を盛ることが起こったのか、知るよしもないが、これを防ぐために、武士は外では、軽々しく物を食べなかったと言われる。私が書いた歌舞伎脚本でも、物語の展開に、結構、置毒をからめている。

 加賀に関しても、次のような逸話が伝わっている。

 3歳で加賀前田家を嗣いだ第5代綱紀公がいまだ幼少の頃、家光将軍に拝謁したとき、家光将軍は、綱紀公を可愛いいと思ったか、饅頭を手に取って食べさせようとした。すると、後ろに従っていた前田家の児小姓が、「お大名は、よそにて、ものをあがらぬものなり。」と叫んだとか。聞いた家光将軍は「もっとものことじゃ。」と言って、自ら饅頭を半分食べて、残り半分を綱紀公に与えた。

 これは家光将軍が寛仁大度を示し、加賀藩小姓は命がけで忠義を尽くしたことを伝える良い話なのであろう。

 このように、武士は、まして大きな藩を預かる大名は、毒殺されぬよう十分に心掛けたとされ、お毒味役は大切な役目だったようだ。有名な歌舞伎演目「伽羅先代萩(めいぼく・せんだいはぎ)」では、幼い殿様鶴千代を毒殺しようとする悪人一味に対して、忠義一途の乳人政岡は、殿様の小姓の我が子千松に、殿様に対して置毒の可能性がある食べ物はすぐそれを試しに食するように躾けており、ピンチの場面で千松は毒入り菓子を食べて、結果、殿様の命が救われたというのが芝居の眼目である。

 「毒」は怖い。特に毒饅頭は怖い。我々は饅頭が大好きで、目の前にあれば、すぐに食べたくなる。この「毒饅頭」は、いま、将棋界で、話題の言葉となっている。これは、毒殺とは無関係の将棋で、その局面を一挙に有利にする手段である。「毒饅頭」を食べさせるとは、相手が絶好のチャンスが来たと認識するような着手を行うことである。この手を見た相手は、そこに美味しい饅頭があると思い、このチャンスに乗して、有利な状況をつくり上げようと、次の手を指すと、あにはからんや、そこには、一挙に不利になる変化が潜んでおり、相手は、たちまち敗局への道をたどることになる。

 この7日と8日に石川県の和倉温泉で行われた第84期将棋名人戦挑戦手合第3局藤井名人対糸谷挑戦者の対局を解説する大盤解説会で「毒饅頭」が会場を沸かせた。この解説会の解説者は、渡辺明九段。聞き手は松下舞琳女流初段で、立会人の谷川浩司第十七世永世名人、副立会人の村山慈明八段と北浜健介八段も交代で壇上に上がられた。対局の盤面は、相雁木の戦型でジリジリした局勢。我々素人には、どう展開していくか全く分からなかった。AIによる有利不利の判定つまり勝率もほぼ互角の状態が続いていた。

 ここで、82手目、後手の藤井名人が4五に歩を打たれた。この手は、AIによって最善手ともされていたが、私にはなにゆえこの手が好いのかさっぱり分からなかった。この歩はすぐ5六にいる銀で取られ、さらにこの歩を取った銀は、そのまま真ん前の4四にいる角に当たる。角取りになるのである。歩があっても無くても相手の銀が進出したいところにわざわざ歩を打つのだから、何のメリットがあるのか分からない。実はこの時、解説会は一旦休憩になっていて、私は席を立っていた。隣席に座っていた若い友人と言葉を交わしたら、彼は「指し手は4五歩ですよ」と教えてくれた。名人は、この4五歩という我々には理解不能な、しかし、AIが最善という手を指したのだ。

 大盤解説会には、その後山﨑隆之九段が登壇され、渡辺明九段との掛け合い解説となった。この4五歩に対して、AIは、これをすぐ銀で取ることはせず、別の手を指すのが最善手であることを示していたし、解説者もそのような見解だった。しかし、糸谷九段はこの歩を堂々と銀で取った。これを壇上の渡辺九段は「毒饅頭を食べた」と喩えられ、山﨑九段も当意即妙に応じられたのであった。実は、名人は、3時のおやつに和倉名物の『みそまんじゅう』を食べたらしい。おやつの『みそまんじゅう』を美味しく食べる一方、盤上では、毒饅頭の手を考えられたのか。指し手の意味を地元の名物に喩えて極めて分かりやすく表現される両解説者の軽妙なやりとりに会場は大いに盛り上がった。

 渡辺九段は、この竹内の「みそまんじゅう」の他にも、私の大好物で七尾名物の「カニカマ」に何度も触れられ、また和倉温泉から能登島へと大橋を渡る道が好適なランニングコースであることを述べられるなど、七尾と和倉を広く紹介すべく意を用いられたのは、本当に有り難かった。

 さて、本来、毒饅頭と言われる手は、評価値上の最善手ではないように私は思ってきた。それは「ハメ手」のようなもので、囲碁の先生によれば、「ハメ手」は、相手がはまれば、一挙に優位に立てるが、外されるとたちまち不利になるとのことだった。しかし、この場合、AIは4五歩を最善手と示していた。この局面では、毒饅頭を仕掛けるのが最も良い手だったのだ。ただ、一部のAIで、4五歩の着手で、名人の勝つ確率が若干下がったものがあったようだ。

 とまれ、AI最善手も毒饅頭でありうることを、解説の両トップ棋士は、我々参加者に教えられたのだ。その歩を銀で取った糸谷九段に対して、名人はすぐ5三桂と桂馬を打たれた。これで形勢の針はかなり名人に振れた。九段は4五の歩を取った銀が更に前進して4四の角をも取った。その後、勝負は大きく傾いていった。

 これが「毒饅頭」の効果か。会場は大きく沸いた。渡辺九段は、これは将棋の歴史に残る毒饅頭になるだろうと言われた。実際4五歩を指して藤井名人が盤から離れて部屋を出て行き、ついで糸谷九段も立ち上がったとき、「いやあ、どういう意味だ」とつぶやかれたそうだ。翌日、藤井名人は、毒饅頭説を笑って否定され、局面を複雑にしようと指した手だと話されたようだ。ともかく、この手とそれへの対応がこの対局の帰趨を決したのは間違いない。

 糸谷九段の指し手について、いろいろ考えた。考えたと言うより、妄想したというべきかもしれない。その妄想とは。糸谷九段は毒饅頭と知らずに、4五歩を銀で取ったのではなくて、毒饅頭と知りつつ着手したというものだ。「伽羅先代萩」の千松のように、知りつつ毒饅頭を食べた。4五歩は仕掛けられた毒饅頭と認識しながら、それに正面から向き合って、それを克服したい。毒饅頭を超えたい。毒饅頭の先に何かあるはずだ。それが九段の思いだったのではないか。

 私の妄想は、あくまで妄想である。しかし、両対局者の指し手について、あれこれ思いを廻らすのは、楽しみを越えた楽しみで、私にとっての将棋の大きな魅力の一つと思っている。かくして、和倉温泉で、スカスカな我が脳に至福の機会を与えて頂いた両対局者と両解説者に深甚なる感謝をささげたい。(2026年5月25日)

石川県人 心の旅 バンガイ編 by 石田寛人

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