2024.04.24 01:38(33)囲碁と歌舞伎[5]国性爺合戦等 前に触れた藁科満治さんの著書「歌舞伎に踊る囲碁文化」を読売新聞社から頂いたのが昨年の秋。この書を読んだことを早く書きたかったが、ついつい今月になってしまった。しかし、これまで何度も読み返して、藁科さんの造詣の深さにただただ驚嘆するばかりである。 さて、その内容であるが、やはり舞台の中身と囲碁が密接に関係する場面がある芝居として、「碁盤太平記(ごばんたいへいき)」「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれい・しんこうき)」と「碁太平記白石噺(ごたいへいき・しろいしばなし)」が挙げられている。この3作の他に、藁科さんは、①「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」と②「花野嵯峨猫魔稿(はなのさが・ねこまたぞうし)」を同様の趣向のものとして並べられている。 ①は、我が国と中...
2024.03.22 07:17(32) 棋王戦の金沢対局 前々回のバンガイ編で強く希望した今年度の棋王戦挑戦手合いの富山県魚津市の第1局、金沢市の第2局、そして新潟市の第3局が、予定通りに実現した。対局者である藤井聡太棋王(八冠)と伊藤匠挑戦者(七段)両対局者をはじめ関係者には、能登半島地震とそれからの復興に関して、十二分に心に掛けて頂き、被災者の大きな励みになったと思われる。石川県人の一人として厚くお礼申し上げたい。 さて、この挑戦手合いは、藤井棋王先番の魚津対局が、持将棋となって、見る者を驚かせた。挑戦手合いにおける持将棋はそれほどないことと聞いており、このタイトルへの両対局者の熱意がこのような結果になったように思われる。 続いて2月24日に金沢市で行われた第二局は、事実上の第一局とも言え、持将棋の後の...
2024.02.20 09:03(31) 勝率AIの進歩により、囲碁将棋のテレビ対局では、終始、両対局者のその時点での優劣の度合いが明らかにされている。白黒のバーが、先手後手の勝つ可能性をパーセンテージで示してくれるので、複雑な内容を全く理解できない我々も、興味を持って画面を見続けることができる。囲碁将棋のルールを知らない私の妻も、優劣の度合いと対局者の仕草や表情の関係が面白いと言う。白黒バーを見ることができない対局者も、絶えず客観的な形勢判断をしているのは当然で、それを態度に顕す棋士も、そうでない棋士もあって、私もその仕草に興味を惹かれる。 昨年12月17日のNHK杯トーナメント、斎藤慎太郎八段対増田康宏七段の対局放送のテレビを、白黒バーの変動と対局者の動きに注目して見つめた。11時20分ころは...
2024.01.26 06:13(30) 能登半島地震と棋王戦 元日の16時10分、能登半島を襲った地震で、穏やかだった今年の正月はすっかり違うものになった。地震発生時、私は東京の自宅に居たが、地震の後、何度か石川県に入って小松市の旧宅の状況を確認した。石灯籠が2基倒壊、1基の玉が飛んでいた。仏間の砂壁は一部崩れ、外壁は剥落した。しかし、能登半島各地の状況からすれば、我が家の姿などは被害のうちに入らないと思った。この能登半島地震によって、命を失った方は230名を超え、重軽傷者は千人以上で、道路は寸断された。停電はかなり速やかに復旧するところが多かったが、水道はなかなか通らない。孤立集落は、18日あたりで、実質的に解消されたが、多くの方々が避難所で不自由な生活を送っている。亡くなられた方々に心からお悔やみ申し上げ、...
2023.12.18 06:48(29)囲碁と歌舞伎[4]碁盤忠信 囲碁と歌舞伎の4回目は、「碁盤忠信」である。忠信とは佐藤忠信のことで、源義経麾下の武士、「義経四天王」の一人に数えられる。 義経四天王と言えば、まず、歌舞伎十八番のうち「勧進帳」に登場する亀井六郎、片岡八郎、駿河次郎及び伊勢三郎の4人が思い出される。これら4人はいずれも勇壮な若い武士なので、「勧進帳」の上演の際は、上記4人のうち誰かを老年の常陸坊海尊と入れ替えて、舞台に変化をつけるのが通例である。海尊は、他の四天王の水衣や袴に、青色、緑色、紫色などを用いるのに対して、黄色や茶色の衣装をつけ、頭髪は白髪につくる。舞台上では、義経の逃避行を主導する一行のリーダー武蔵坊弁慶を助ける副将といった立場である。なお、武蔵坊弁慶は、四天王には入らない。 これらの「...
2023.11.23 05:48(28)引分け 藤井聡太竜王名人の八冠獲得の最後の難関王座戦挑戦手合い五番勝負のうち、その第2局は、9月14日に指され、214手という異例の長手数で相入玉の持将棋模様となりながら、最後藤井挑戦者が永瀬王座の玉を鮮やかに詰ませたことで注目された。 長時間の応酬が続き、終局近くには長く1分将棋を指し続ける大熱戦で、私も手に汗を握って、ネットを見ていた。最後は、藤井挑戦者優勢の局面から、持将棋になると予想したが、挑戦者側に駒数が多い上、大駒が3枚もあって、点数計算で挑戦者勝利かと思った。しかるに、あっけない詰みがあって、永瀬王座の投了となった。 この時、ネット上の愛棋者の間で、相入玉の場合の勝負の付け方について若干の議論があった。プロの世界では、この場合の決着の方法ははっ...
2023.10.25 01:38(27)藤井聡太八冠 今月11日、藤井聡太七冠が王座戦の挑戦手合い五番勝負第4局に勝利し、全体としては3-1のスコアで永瀬拓矢王座を降して、王座位を奪取した。かくして、藤井聡太七冠は、八冠(竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将・棋聖)となり、タイトル戦のタイトルを全て手中に収めた。1996年の羽生善治七冠以来の全冠制覇であり、世の大きな話題となった。主催紙の日本経済新聞は翌12日朝刊の一面トップでこの記事を掲げ、スポーツ各紙も巨大な見出しの一面で八冠誕生を報じた。 さらに、藤井八冠は、タイトル戦以外で参加可能な四つの一般棋戦、即ち、朝日杯、銀河戦、NHK杯及びJT将棋日本シリーズにも優勝していて、一般的に棋士が参加する12の棋戦全てのトップの座を占めたことになり、12...
2023.10.23 13:16(26)団体戦 囲碁も将棋も、個人でプレーするゲームである。好手も悪手も、勝ちも負けも全て自分から発したものであり、結果は全て自分の責任である。コントラクトブリッジと違って、ペアを組んでいる相方のビッドやプレーが拙かったと責任転嫁することはできないし(もちろんブリッジの名手は決してそんなことはしないと思うが)、麻雀などのようにツキによる出来不出来も全くない。ただ、指運(ゆびうん)という言葉があって、判断に迷ってトッサの指先の動きに委せて着手し、それが勝負の分かれ道ということがあるが、これも自分の責任であることは変わらない。ところで、この個人プレーのゲームを団体戦にしたらどうなるだろうか。 団体戦にする方法はいろいろある。例えば、ひとつの盤を挟んで、2グループが対峙し...
2023.09.11 06:00(25)フィッシャールール 前回、囲碁将棋の時間に関して述べたが、そこでフィッシャー・ルールについて触れたので、このルールについて思うところを話したい。まず、フィッシャールールとは、考慮時間としての持ち時間に加えて、一手着手する毎に一定時間が加わるルールである。考慮を続けて着手に時間がかかれば、持ち時間はどんどん減っていくが、着手によって、その時間が一定の長さだけ回復する仕組みになっている。 AbemaテレビのAbema将棋トーナメントは、このルールで行われている。ここでは、持ち時間は5分。一手指す毎に5秒が追加される。この設定では、トップ棋士同士の対局が、我々素人の将棋と同等か、それ以上の速さで進む。現在のAbema将棋トーナメントは、団体戦であることの面白さはさておくとして...
2023.08.20 04:24(24)囲碁将棋と時間 囲碁も将棋も、うまく打ち、うまく指すには、考えなければならない。ただ、私の場合は、いくら考えても好い手が思い浮かばないので、自分の感覚と速断に基づいてエイヤーと着手し、多くの場合それが想定外の事態をもたらして、敗局への道をたどる。実戦では、相手も間違えるから、最善手からほど遠い悪手の応酬となり、そんな競合いの結果、運がよい方が勝つ。もちろん強い人は悪手を指す確率がやや低く、私のようによく負ける者は、その確率がかなり高いということはある。 私は、仲間の中でも早打ち、早指しである。大会ともなって、3名から5名のチーム同士の対戦となると、我がチーム内では、私が最も早く終局することが多い。たまに時間を使うこともあるが、ヨミを入れるという状態にはほど遠い。そも...
2023.08.01 13:24(23)囲碁と歌舞伎[3]祇園祭礼信仰記 碁立 前二回に続いて、歌舞伎と囲碁の話。今回は「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれい・しんこうき)」の「金閣寺」の場である。この演目における囲碁の役割はかなり大きく、「碁立」と名付けられた場面まである。この芝居は、後に豊臣秀吉となる木下藤吉郎が戦国末期の梟雄松永弾正久秀を相手に活躍する。碁に関係するあらすじは次のとおりである。 天下を狙う松永大膳(まつながだいぜん・歴史上の松永弾正)は、桜満開の金閣寺に陣取り、将軍の母慶寿院をその楼上に押し込めて、画聖雪舟の孫雪姫達に龍の絵を描かせ、姫を自分のものにしようと企みつつ、弟の鬼藤太と碁を打っている。そこに現われたのは此下東吉(このしたとうきち)で史実の木下藤吉郎。小田春永(織田信長)の家来だったが、主君を替えて大膳に...
2023.07.26 02:11(22)囲碁と歌舞伎[2]碁太平記白石噺 前回に続いて歌舞伎と囲碁の話。そして将棋も少々。私は幼い頃病弱で、よくお医者さんにかかり、家では蒲団に横たわっていた。曾祖母は、そんな私の病床に、いつも枕屏風を立てかけてくれていた。その屏風には昔の絵が四枚貼ってあった。左の二枚のうちの一枚は、妖しい顔で変な目つきの男。もう一枚は、頭いっぱいに花かんざしをつけたお姫様のような女性。右の一枚は立派な大人の男性、いま一枚は若い女性が二人上下に描かれていた。その枕屏風はもうなくなったが、今にして思えば、これらは歌舞伎の浮世絵だった。 左の二枚の男女は「義経千本桜」の「四の切」、「河連法眼館の場」の狐忠信と静御前だった。男は佐藤忠信に化けていた狐が本性を顕わしたところなのだから、顔が妖しげなのは当然で、お姫様...